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全農 営農販売企画部 みのりみのるプロジェクトリーダー 小里司さん

ワタの栽培から製品販売まで一つのブランドで取り組む復興事業にできないか提案しました。

「コットンの日」の翌日、Leeの細川さんから「津波被災農地の復興にワタ栽培が役立たないか」相談があったのが始まりです。Leeとコラボでワークウェアを作っていたので、細川さんとはもともとつながりがありました。その日のうちに関係者(現 発起人)が集まりました。当初、アパレル側のアイデアはワタ栽培で除塩をしたいというものでしたが、科学的にワタ栽培で除塩はできないことを説明し、むしろ、ワタの栽培から製品販売まで一つのブランドで取り組む復興事業にできないか提案しました。多額の税金を投入して元の農地に戻し、元の農業を再開するだけではなく、様々な業界の有志が集い、地域の農家は勿論、ここで生まれた子どもたちが「おれたちの地域はこんなことをやっているんだ」って自慢できるような地域産業を育てられないかと思ったんです。

地域の農業・産物を核とした新しい事業を興せないものか、いつも考えていたんです。

実は、地域の農業・産物を核とした新しい事業を興せないものか、いつも考えていたんですね。江戸時代、各藩が地域特産物や地域産業を育てたように。僕は全農の中でTAC(Team for Agricultural Coordination)という、農家の意見・要望を聞いて関係者で共有する仕組みを作り、その要望を生かした事業をする一つの場として、「みのりみのるプロジェクト」を立ち上げました。その背景にあるのは、農業や農村の現状に対する憂いです。

戦後、経済成長を支えるために米や特定野菜を大量生産して市場に出荷する農業が奨励され、地域の伝統野菜や農村の伝統文化は衰退してきました。食料が豊富に輸入されるようになると、多くの農家は農業だけでは生活できず、輸出産業の工場などで現金収入を得ながら農業を維持してきました。しかし、工場が安い労働力を求めて海外移転した現在、現金収入の道がなくなった農村は、極端な高齢化や過疎に直面しています。なんとかして、農村に産まれた人が地域固有の自然・文化・歴史を再確認し、地域に誇りを持ち、地域ブランドを育て、地域で生きていける産業に育てられないか。広島の過疎地で産まれた私の想いでもあります。

そういう意味で、このコットンプロジェクトは、「津波被災地で栽培したワタ」というアイテムをシンボルにしながら、農村と都会、農家と他産業の面々、ボランティアの皆さん、製品を購入してくださる皆さんが一緒になって育てる最高の地域産業だと思うんです。今までだったら農家や全農がアパレルのリーダーや都会の人たちと一緒に地域産業を育てることなんてなかった。全然違う立場のメンバーが集まっているから、とても刺激になります。アパレルの商業構造の中に地域産物がどう組み込めるかという意味でも楽しみです。もっとも、江戸時代までは衣類の原料(繊維や染料)はすべて農産物だったわけですから、ごく当たり前のことなのかも知れませんが…。

「地域や産物のストーリーをきちんと伝える農業」が、地域や関連ビジネスを活性化することを期待しています。

プロジェクトの中では、ワタの栽培と経営に関するアドバイスや行政等との調整を行っています。中でも大変なのは、農薬適用拡大に向けた試験・申請です。昨年、今年の試験栽培で、最低限の除草剤と殺虫剤は必要不可欠というのが生産現場や事務局の意向です。しかし、農薬の登録(国の認可)には、莫大な費用と時間がかかります。しかも、使用できる作物は農薬ごとに限定されており、使用できる作物を追加(適用拡大)するには試験や手続きが都度必要となります。現在、ワタに使用できる農薬は国内に存在しません。そもそも、日本ではワタは栽培作物として認知されていませんでした。そんなワタに、一気に5剤も、しかもたった一年で、試験~適用拡大までやってしまうのは、極めて異例のことです。今のところ、農林水産省、宮城県、試験場、農薬メーカー、全農の仲間などたくさんの人の苦労と時間と費用をかけて、適用拡大が認められようとしています。「農業・工業・商業が一つにつながる新しいビジネスモデルを震災復興事業の一つとして成功してほしい」という関係者の応援あってのことです。そんな裏方の活動を伝えるのも僕の役目です。

ワタの価格は、海外市場では1キロ300円といわれていますが、このチームのプレゼンテーション力で、きちんと「東北コットン」をブランディングできれば、例えば3,000円(ちょっと高いかな?)でも製品化できると思います。ちなみにデニム一本に使用されるワタはロス分を加味して約1kg。東北コットンは輸入ワタに比べて原料ベースで2,700円コストアップ、製品化するにあたってはその2倍程度がコストにオンされます。通常のデニムが1万円と仮定すると、東北コットン100%のデニムは1万8千円です。後者を買ってくれる人がいれば、「東北コットン」は大豆や麦などよりも収益性の高い転作作物になるんです。

「東北コットンプロジェクト」が一つの事例となり、「地域や産物のストーリーをきちんと伝える農業」が、地域や関連ビジネスを活性化するんだ、ということが示されることを期待しています。

(2012年11月19日)